イワンの馬鹿を読んで

ドストエフスキー罪と罰を読んで以来、ロシア文学に興味を持った。そこで同時代のロシア文豪であるトルストイの短編集を読むことにした。

 

イワンの馬鹿は3人兄弟の出てくる物語である。支配欲の強い長男、金銭欲の強い次男、そして無欲で自分のものを簡単に他人に差し出す”馬鹿”の三男、イワンである。長男、次男は悪魔の策によって身を滅ぼされてしまうが、”馬鹿”のイワンには悪魔も手を焼き、ついに破滅させることができなかった。

 

ここで考えたいのは、トルストイにとって”馬鹿”とは何か、ということである。トルストイは19世紀~20世紀初期の帝政ロシアを生きた作家である。恥ずかしながら私は世界史を詳しく勉強していないので、詳しいことはわからないが、19世紀~20世紀といえば、産業革命が起き、貧富の差が拡大し、列強を中心に様々な戦争が起き始めた時代だといえるだろう。私はトルストイにとっての”馬鹿”とは前時代的、つまり産業革命以前の素朴な人々のことを指すと考える。長男は軍隊をもち、隣国を奪い取ろうとして身を滅ぼした。次男は富を増やそう増やそうとして身を滅ぼした。これら2つはいかにも産業革命によって人々が得た貪欲さである。それに比べ、三男は自分の食料は自分で生産し、困っている人を助ける生活をしていた。この姿勢は産業革命以後、いわゆる「原子論的」な個人主義が広く一般化した世界においては滑稽に移るかもしれない。しかしトルストイはそれこそが人間をより豊かで安寧な生活を送ることができるものと考えていたと私は思う。

 

産業革命が絶対悪であるとは思わない。しかしそれによって失われたものも大きかったのだろう。私はそれを実際に目にしたわけではないのでわからないが、トルストイには大切なものが失われていったのが強く感ぜられたのだろう。

 

 

トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇 (岩波文庫)

トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇 (岩波文庫)